1日目
パソコンの画面と睨めっこして数時間、所謂残業というものをしている私は普通のOLというやつだ。
それなりに勉学に励んだ私は、大手の企業のお金にも困らない、多少融通の利くところに勤めている。
「名字さん、お疲れ様」
『お先に失礼します』
残っている人達にそう声をかけ、今日の仕事を切り上げた。
長時間パソコンを使っていたため緊張した筋肉を解しながら外に出る。
『うわ、雨降ってる…』
朝の天気予報では晴れると言っていたはずなのに、生憎天気は土砂降りだった。
仕方なく鞄から常備している折り畳み傘を出しさした。
傘が小さいため、鞄や肩が多少濡れる。
最悪だと、心の中で悪態をつきながら小走りでいつもは通らない近道を通った。
普段は街灯が少なく、人通りも少ない道だから避けていたのだが、今日は何となくその道を通ってみる。
やはり暗いし人は誰も通っていない。
今更になって少し怖くなったが、もうすぐで家につく。
それまでの辛抱だ。
そう思い、歩みを速めると、ぼんやりと遠くに見える人影。
『…………倒れてる?』
恐る恐る足音を立てないように慎重に近づいていくと、人影は地面に横たわっている少年のものだった。
怪我をしているのか、少し血生臭い臭いが鼻につく。
救急車を呼ぼうと携帯に手を伸ばす。
しかしこの少年に見覚えがある上に、救急車を呼ぶべきではないと頭の片隅で警鐘が鳴る。
しばし迷った末、呼吸の荒い少年を放っておけるはずもなく、しかし救急車を呼ぶ踏ん切りもつかず私は少年を横抱きにして家へと急いだ。
††††††††††
一人暮らしには広すぎる綺麗なマンション。
周りからの評価はそんなところだろうマンションが私の家である。
鍵を開けて、電気をつけ少年を一度床に座らせる…、というよりは寝かせる。
少年の靴を脱がせて、お湯に濡らしたタオルで身体を拭くために失礼ながらも服を脱がす。
真っ白い肌に複数の傷痕。
古いものから新しいものまで様々だが、どれも転んでつけたような傷ではなかった。
傷自体はどれも小さな切り傷程度で、簡単に手当てしてから体をタオルで拭く。
『…脈拍、呼吸数、共に落ち着いてる。症状は発熱と疲労かな』
救急車を呼ばなかった社会人としては駄目なことをしてしまった私は、携帯で必死に少年が大丈夫か調べた。
従兄弟が置いて行った医学書も開いたが、少年が大丈夫そうでほっと息を吐く。
とりあえず、下着などは少年が目を覚ましお風呂に入っているときに洗うとして、上下の衣類は勝手に着替えさせてもらう。
丁寧に体を拭き、手当てを終わらせ私のTシャツとズボンを履かせた。
少年の着ていたTシャツとズボンは染み抜きをしてから洗濯機に放り込んだ。
少年を再び横抱きにし、私のベッドで寝かせる。
布団を上からかけてやり、氷枕を用意するためにすぐに立ち上がった。
容態が少しでも悪化したらすぐに病院へ連れて行こう、そう心に決め、罪悪感から少年に心の中でひたすら謝ったのだ。
††††††††††
自身の遅目の夕飯をさっさと済ませ、少年の看病のためベッド脇の床に座り込む。
『熱は…38度くらいかな』
額に浮かんだ汗を拭き、まじまじと少年を見る。
10歳くらいだろう少年は、明らかに日本人とは掛け離れた容姿をしていた。
さらさらで少し癖のある銀髪に、何年間も外に出ていないような白い肌。
顔は整っていて、将来はさぞイケメンになるだろう。
うっすら紅く色づいた顔は、この歳に似合わぬほど色っぽい。
そして、筋肉も結構ある。
触れた体には無駄な脂肪が一切ないくらい。
やはり、年相応とは言い難い。
それに、何故あんな暗く人通りの少ない道で一人で倒れていたのか。
色んな意味で謎に包まれる少年。
私は一晩中少年に付き添って看病していたのだが、いつの間にか眠ってしまっていたようで、次に私が目を覚ますともう朝だった。
幸い、今日から二日間仕事は休みである。
私は温くなってしまった少年の額に乗せていたタオルを取り替え、朝食の準備に取り掛かった。
††††††††††
『あ、起きた?』
少年が起きたのは、私が朝食を作り終えて直ぐのことだった。
付けていたエプロンを外し、少年に近寄ると、少年はびくりと肩を揺らし警戒したように私を睨みつける。
『安心して。熱が下がったか確認するだけだから』
「(殺気はない……)」
私をじっと見つめていた少年は、何を思ったのか少し警戒心を緩めた。
私はそれを感じ取り、少年の額と自身の額をくっつける。
「…っ!?」
『…うん、熱は下がったね』
少年から離れてにこりと微笑むと、彼は固まっていた。
それはほんの一瞬だけで、直ぐに元に戻ったけれど。
「……お姉さんが俺のこと看病してくれたの?」
見間違いかな、何て考えていると不意に少年が尋ねてきた。
何て言うか、どうして自分のこと看病してくれたのか分からないとでも言うように戸惑った声音だ。
『そうだよ。倒れてた君が放っておけなくて。…体はもう大丈夫?』
少年は私の返答に、まだあまり納得がいかない様子だが、警戒心はほとんどなくなった。
「うん。……俺、キルア。お姉さんは?」
『名前だよ』
キルア、と名乗った少年に朝食を食べるように促すと、キルアはこくりと頷いた。
ベッドから出ると、自分の服装が違っていることに気づいたのか、戸惑いがちに聞いてくる。
勝手に着替えさせたと理由と共に告げると、直ぐに納得したようだった。
中々頭のいい子だ。
たいして丁寧に説明していないが、様子から察するに、ちゃんと理解しているようだ。
とりあえず少年が元気でよかった、と私はようやく安心出来た。
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